【小説を書く前に】集めた資料を読む時間がない! 

モチベーションの上げ方

小説を書くために、あんな資料が必要だろう。

こんな資料が必要だろう。

そうやって『資料集め』をして

山と積み上がった資料。

 

今度は『読む時間がない』ことで焦りませんか?

 

資料を読む時間もない忙しいあなたのために、

結論から書きます。

読めない資料は、読まなくていいです。

『読めない資料』を『読まなくて良い』理由。

何言ってんだふざけんな!

そんな声が聞こえます聞こえます。

 

『読めない資料』を『読まなくて良い』理由を説明しましょう。

必要ないから。

小説の書き方について、晶山嵐が残念がっている
晶山嵐

読めない資料が積み上がるのは
その資料を読む必要がないから。

小説の一行目が書けないすこにゃが驚く
すこニャ

必要ないはずないよ!
必要だと思って集めてるんだから!
小説の書き方について、晶山嵐が残念がっている
晶山嵐

じゃあ、『必要だとわかってる』のに
なぜ、『読む時間』を作らないの?

小説の一行目が書けない猫アバター すこにゃ
すこニャ
い……忙しいから……

 

小説の書き方について、晶山嵐が残念がっている
晶山嵐

その『忙しい時間』を『使って』、
『資料を集めた』んだよね?

小説の一行目が書けない猫アバター すこにゃ
すこニャ
うん……
小説の書き方について、晶山嵐が残念がっている
晶山嵐

忙しい時間を使って集めた資料を
なぜ、『読む時間を捻出』しないの?

小説の一行目が書けない猫アバター すこにゃ
すこニャ
い……忙しいから……
小説の書き方について、晶山嵐が残念がっている
晶山嵐
そこで、気付いてる筈だよ。
小説の一行目が書けない猫アバター すこにゃ
すこニャ
何を?
小説の書き方について、晶山嵐が残念がっている
晶山嵐
その資料、『小説には必要ない』ってこと。
小説の一行目が書けないすこにゃが驚く
すこニャ
えっ!
小説の書き方について、晶山嵐が残念がっている
晶山嵐

『小説を書くため』に『この資料を読む必要はない』。
だから、『読む時間』を『作らない』んだよ。

小説の一行目が書けないすこにゃが驚く
すこニャ
ええええっ!
小説の書き方について、晶山嵐が残念がっている
晶山嵐

人間というか、動物も植物も
『無駄なことはしない』んだよね。

小説の書き方について、晶山嵐が残念がっている
晶山嵐

だから『読めない』のは
『後回しの悪い癖』ではなくて、
『「読まない」という「選択」』なんだよ。

小説の一行目が書けない猫アバター すこにゃ
すこニャ

じゃ……じゃぁ……
なんで、資料を集めたの?

小説の書き方について、晶山嵐が残念がっている
晶山嵐
娯楽だよね。
小説の一行目が書けないすこにゃが驚く
すこニャ
娯楽!
小説の書き方について、晶山嵐が残念がっている
晶山嵐

『小説を書く』より
『資料(というガラクタ)を集める』方が簡単だから。

小説の書き方について、晶山嵐が残念がっている
晶山嵐

他にも、誤字脱字修正を先にしてしまうとか
そういうのも『小説を書く』より
『修正の方が簡単』だから。

小説の書き方について、晶山嵐が残念がっている
晶山嵐

もっと簡単に言うと
『小説を書く』のを後回しにして
ネットサーフィンしただけなんだよ。

『小説を書かない理由』を見付けるために
『小説のために資料を集める』という『言い訳』に使った。

『言い訳』のために集めた『シリョウ』だから

『小説を書くため』には『不要』なので

『読む必要がない』んだ。

 

 

 

こういうのは『資料(しりょう)』じゃなく

『死霊(しりょう)』だね。

 

 

『小説を書いていた時』に『資料がなくて進まない』のなら

『資料を見付けた』ら、即座に

『小説を書く作業に戻る』でしょ?

 

だって、『小説を書きたい』のに

『資料が無いせいで進まない』のなら

『資料を見付けた』時点で

『小説は書ける』よね?

私は『鋼の錬金術師』の二次をやっているときに

ロイ・マスタングの能力を『悪魔的強大』にしたかった。

 

『彼の力を見た人』に

「……悪魔がいる……」と呟かせたかった。

 

だから、その『ネタ』を検索して

『粉塵爆発』を見つけた。

ビビビビビッ! と 頭なのかで色々なことが結びついていきました。

 

荒野にクレーターを作った彼の話を書くために

『すぐに』『小説を書く作業にもどった』んですよ。

 

『小説のネタを見つけるための資料探し』なら

『見つけた瞬間』『小説を書く』んです。

 

 

それなのに、『小説を書く』という作業に戻らず

『資料を集め続ける』。

 

つまりは

一個目の資料も、二個目の資料も

『今書いている小説のネタ』としては『不要』だったってことなんですよ。

 

もちろん、他の部分に生かせるかもしれないので

100%無駄だとはいいません。

 

それでも、『今、小説で詰まっている』

その『解決策』にはなっていないわけです。

 

『解決策にはなっていない』のなら

『現在は不要』な情報でしょう?

 

その、『不要』なのに『集めたという努力をした』から

『読まなければならない』という

強迫観念に陥って

『これを読まなければ小説を書けない』まで

『自己暗示』をかけてしまうから

よけいに小説が書けなくなる。

 

 

小説が書けなくなるから

『小説のために資料が必要』と思って

さらに資料を集める。

『「読まなければならない」ものが積み上がる』。

 

こうなると、もう

小説を書く時間なんてなくなるんだよね。

 

 

これが『必要ない資料』を『集めてしまう』理由。

『セルフハンディキャッピング』でもあるよね。

 

「資料を集めているから小説はまだ書けない」という

理由のために資料を集め続ける。

 

 

とにかくこれが大事。

『今すぐ読まない資料』というのは

『「今の小説」には必要ない資料』。

それを理解すればいいんです。

 

 

卑下する必要も、困る必要もないし

今後、それをやめる必要もない。

 

 

 

『そういうものなんだ』と『納得する』だけ。

 

 

今、私は「小説を書く集中力が切れた」から

娯楽を楽しんでいる

 

そう理解して、検索を楽しめばいいんだ。

 

 

『検索する』ために集めた資料なら

『読まなくて良い』でしょ?

 

『検索する』ことは超楽しいこと→娯楽。

『検索する』って『楽しいこと』なんだよ。

私はプチ検索マニアだからよく分かる。

 

『探す』って楽しいよね♪

 

 

だから、『探す』なら

『今からこの情報を探すという娯楽の旅に出る!』

そう、自覚して始めればいいだけなんだよ。

 

 

『小説の資料のため』とかいうお為ごかしをやめればいいんだ。

 

 

 

『娯楽』だと思って楽しむのと

『流れ作業で「娯楽」を実行してしまう』のでは

『脳の喜び方』が違う。

 

『娯楽なんだから目一杯楽しもう!』

そうおもって楽しんでしまった方が

のちのち気が楽になる。

 

 

 

これが、『読まなくて良い資料を集めてしまう理由』の一つ。

 

 

 

『資料を集める』もう一つの理由は

『頭が疲れたから』というもの。

 

インプットがしたかった。

『小説を書く』というのは『アウトプット』。

だから、『書き続ける』ことで

『頭の中が空っぽ』になると

何も書けなくなる。

 

  1. 頭がボーッとして、
  2. キーボードに手を置いていても、まったく動かない。
  3. 言葉が浮かばない。
  4. ネタも浮かばない。
  5. 何もできない。

こういう状態になる。

 

 

これは『ぼーっとしてしまってダメな行為』ではなく

『頑張りすぎた』から『疲れている』だけなんだよ。

 

 

 

朝御飯を食べただけで、10時間歩き続けたら疲れるでしょ?

ご飯ほしくなるでしょ?

体中のエネルギーを使い尽くしたら動けなくなる。

 

脳でもそれは発生するんですよ。

 

 

体育で跳び箱三段が飛べない運動能力なのに

100メートルダッシュ100本とか言われたら

二、三回してだれるでしょ?

 

『100メートルを走れる体になっていない』から

100メートルダッシュなんて、一回やったらもう動けないよね。

 

『小説を書く』のも一緒なんですよ。

 

『小説を書く』には、

『小説を書くための集中力』ってものが必要なんです

 

大体の『小説を書く初心者』は、そんな集中力

持ち合わせていない。

 

 

その上で、ネタがないから書けない。

そういう理由で、ネタがあっても書けない。

さらに『書く能力が低い』から、『書き続ける』ことが困難。

 

足が悪いのに、ホノルルマラソンで入賞を目指しているようなもの。

歩くのが大変なのに、マラソン大会に出ない!

そういう話。

 

でも、そういうのって『わからない』んだよね。

『初心者』ってそう言うものなんだ。

 

どの分野でも、『初心者』ってそういうものなんだよ。

『自分のレベル』がわからないのが初心者なんだ。

まず、自分のレベルを確認して

それに見合った努力をしよう。

今日から使える小説講座【自分のレベルを確認しよう】

 

 

だから、『初心者』のあいだは

『できない』ことを『卑下する』必要はまったくないんだ。

だって初心者なんだからできないよ!

これでいいんだよ。

 

初心者なんだから

もっと優しく教えてくれて当然でしょ!

これはだめだよw

 

『私は初心者だから』で『自分を許す』のはいい。
でも、それを『他人に強要』してはいけない。

 

 

初心者なんだから

もっと優しく教えてくれて当然でしょ!

 

 

じゃあもっと、教わる体勢をつけてから教われよ!

多作しろって言ってもしないのにナニ言ってんだ!

こういう反論を食らうww

 

 

でも『初心者』を『免罪符』にして『自分を慰める』のはいいんだ。

だって、本当に初心者なんだから。

 

小説の書き方について、晶山嵐が残念がっている
晶山嵐
『小説を書く』って『大変なこと』なんだよ。
小説の書き方について、晶山嵐が残念がっている
晶山嵐
『文字をアウトプットする』って『大変なこと』なんだよ。

 

 

とにかく、『書き続ける』ことで、

脳は『思考』を『出し尽くして』しまっている。

 

脳は『「情報」というご飯』を欲しているんだ。

 

『書き切った』ことで

『頭の中の情報』を『全部書いてしまった』から

『動けなくなっている』。

 

 

だから『エネルギーを求めて』、

『情報をインプットしたがる』から

ネットサーフィンをしてしまう。

 

 

 

脳には『いろんな機能』がある。

だから、『小説を書くこと』ができなくても

  • ゲームはできる。
  • ネットサーフィンはできる。
  • 誰かとしゃべることはできる。
  • 本を読むことはできる。

つまりは『インプット』はできるんだよ。

 

 

 

でも『今は小説を書きたい』『だから』

『小説の資料を集める』という『名目で』

ネットサーフィンをする。

 

それが『インプットしたいから』『資料を集める』という状態。

 

 

『資料を探す』のでも『ネット検索』でやってるなら

「サイトの記事を『ぱらっとは見てる』」よね。

 

そこで『熟読しよう』ってブクマして

そのブクマが読めなくて、どんどん溜まっていって

一年に一度ぐらい、エイヤッ! って捨ててしまうww

 

 

でもね、『人間の底力』って凄いものでね

『パッと見た』もの、って『潜在意識』には入ってるんだよ。

 

 

だからこそ大手企業は『広告』にお金を出すの。

街にたくさん『看板』が出てるよね?

テレビ広告凄いよね?

 

でも、『看板を観る』ことってないよね。

『看板がある』ことすら、気付いていないかもしれない。

 

けれど『周辺視野』で『看板は見えている』から

潜在意識にその『看板の情報』が刷り込まれて

スーパーとかコンビニで、

『看板にあった商品』を買ってしまうんだよ。

企業はそのために大金をテレビ局に払っていて

テレビ局はその広告料で番組を作っている。

 

『番組を見せるためのテレビ』ではないんだ。

『広告を流すためのテレビ』なんだよ。

だから、テレビ業界にとっては『広告主』が『神様』なんだ。

 

話をもどそう。

 

だから『資料探し』でネットをうろついているなら

『これ必要そうかな』って『ブクマする前』に

『ぱらっと記事を「見た」』時点で

その情報は潜在意識に入ってる。

 

『潜在意識に入ってる』から

『熟読する必要がない』ので、

ブクマを読まないまま

山になって積み上がってしまうんだ。

 

だって、『もう頭に入ってる』から

再読する必要がないんだよ。

 

でも『熟読していない』という『強迫観念』があるから

『ブクマを読まなきゃ!』って焦るわけ。

 

そういうの、いらないの。

もうあなたの頭に入ってるの。

 

そういうのが『自然と集めた資料』なんだ。

 

あなたの人生において

『五感で触れた情報』ってのは

『全部』

『脳に入ってる』んだよ。

 

そういう『点』が集まって

『線』になったときに『ネタ』が浮かび

『線』が『面』になったときに『物語』になるんだ。

 

『小説を書くための資料』なんていうのは

『あなたの人生』で『自然と入手している』ものなんだよ。

 

そうじゃないと、そもそも『ネタが浮かばない』んだから。

 

 

先程も書いたように

「小説のここの部分で、資料が足りなくてパッとしない」

そういう状況なら

『その資料を見付けた!』のなら

速攻で、どこででも『小説を書くためのメモ』は必ずする。

というか、『すぐに小説を書く作業にもどりたくなる』。

 

 

それをしないで、『次の情報』を探しにいった時点で

『その情報』って『もういらない』んだ。

 

だから、読まなくていいんだよ。

 

積み上がった本は『娯楽』として

のんびり読めばいいんだ。

 

『娯楽』なんだから『好きな時』に読めば良いのであって

焦る必要は全くないんだよ。

『読めない資料』を『集めてしまう』理由。

『集めた資料』を『読まなくて良い理由』は分かりましたよね。

それでも、集めてしまうんです。

 

だって人間だものw

 

なぜなら、先程書いたけど

『検索すること自体』が『娯楽』だから。

 

小説を書くより簡単だから。

『小説のため』だという『言い訳』をつければ

『遊んでいるわけではない』から

『無駄にネットサーフィンしてた』という

『罪悪感』を持たなくなる。

 

それを無意識のうちに知ってるんですね。

 

 

純粋に『小説の資料のため』だとしても

『目的のために資料を集める』という『行為』そのものが

『楽しい』んだよね。

 

 

冒険者とか、あるかないかもわからないものを求めて

前人未到のジャングルに踏み込んでいく。

『検索(探索)マインド』をもってるんだよね。

そういう人って。

 

 

『資料を探す』ってのは、そういう『マインド』になれるんだよ。

 

 

『検索マインド』をもっている人にとって

『資料を探す』という『探す』こと自体

『趣味として心地いい』んだ。

 

 

『資料を探そう』とした時点で

あなたは『検索マインド』をもってる。

 

なぜなら、『検索マインド』をもってなければ

『探そうと思わない』から。

 

 

そもそも、殆どの人は

『自分の知識が足りない』とは『思っていない』んだよ。

 

だから『勉強しない』で『いられる』んだ。

 

 

『最近の若いコはすぐにスマホで調べてしまうから』

そういう人がいるけど

それは『その人の周り』が『勤勉家』なだけだと私は思う。

 

殆どの人は『スマホがあっても検索しない』よ。

 

パソコンでよく検索していたようなマインドを持っている人が

スマホで検索しているだけの話で

スマホがあるからって、誰でもかれでも検索しない。

 

ただ、私の母でも『今日の巨人』とかで

成績を検索するから

『検索をする人が増えた』のは確かだろう。

 

でも、『なんでもかんでも検索する』

『検索マインド』を持ってる人が

『スマホの普及』で『増えた』ワケではない。

 

『増えた検索モノ』は結局、『必要なものを探す』だけ。

  • 買い物のため
  • 好きなチームの結果。
  • 店舗情報。

以前は『雑誌や新聞やニュース』を使っていた情報を

スマホで見るようになっただけ。

 

『雑学』をパッと検索する人はそういない。

 

『雑学』って『人生を豊かにはする』けど『必須ではない』からね。

『必須でないものは探さない』人が多い。

 

グルメじゃない人からすると

『レストラン情報』なんて必須ではないけれど

『今から食事にいく』なら必須情報になる。

 

 

今、自分が過不足なく生きている。

それなら、勉強する必要ないよね?

 

 

『足りない』と思うから勉強するし

『探す』よね?

 

そういう人は『検索マインド』をもってるんだよ。

つまりは『意識高い系』と言われる人たちが

大体は『検索マインド』を持ってる。

 

『知りたい』んだ。

『モット知りたい』んだよ。

 

 

『小説を書きたい人』でも

『自分の体験だけで作品を完成させる』人は多い。

 

その『体験』が小さい場合

『身の丈一メートル四方の話』になるね。

 

そういう話は一定の需要がある。

『身の丈一メートル四方のこと』しか

『見たくない』読者がいるから。

 

 

私みたいに世界童話全集と怪談で育って

アクション映画が好きな人間にとっては

『波風が立たない話なんていらん!』わけw

 

『ヒューマンドラマ』が私は一切見られないw

『話が動かなすぎて退屈』だから。

 

そして、その『波風』が『不倫とか浮気』しかない

恋愛ものもいらんわけw

 

『波風』が『恋愛』しかない物語とか

私は全然、だめなんだわ。

 

 

映画でも『最初の五分で爆発シーンがある?』

なければ見ないよ、って感じw

 

 

そうなると

『どうやって爆発を起こすか?』のために

情報収集が必要になってくる。

 

 

『自分の人生でテロに遭遇していない』なら

『身の丈以上』の話を書く必要があるから、

『テロリストの話』を書くためには資料が必要になる。

 

 

でも『ヒューマン』ものって、だいたいは

作家の身の丈の話だから、

特別な資料っていらないよね。

 

人生全部が資料になるから。

だから、『旅に出る』人もいるわけだし。

 

その上で、『小説を書きたい』とかになったら

『検索をしなきゃしょうがないから検索してる』と

検索してることが楽しくなってくる。

 

 

小説の書き方について、晶山嵐が残念がっている
晶山嵐
だって『知らないことを知れること』って楽しいでしょ?

 

『検索マニア』ってそういうもの。

 

 

『検索する(探す)こと』自体が目的だから

『検索結果』はあまり気にならない。

 

というか、検索結果のページをパッと見た時点で

『自分に必要かどうか』って『わかってる』んだよ。

 

 

だから、『これじゃない』から『次の検索』を始めるわけ。

だから、『それはブクマする必要がない』んだ。

 

『要らないから読まなかった』のに

ソレを『大事だと勘違いしてブクマしてしまう』から

『積ん読』が発生する。

 

『買ったものが捨てられない』のと一緒。

  • 『お金を払ったんだから貴重』だと思ってしまう。
  • 『見つけたんだから貴重』だと思ってしまう。

ネット上の公開情報なんて

『誰でも見られる』から貴重でもなんでもないのに。

 

『見つけた』上で『必要かどうか』の判断が必要なんだけど

『見つけた!』時点で『貴重』だから

『必要』だと判断してしまっている。

 

でも、実際には不要だから、読まない。

 

『集めた資料を読まない』ってそういう話なんだよ。

小説の書き方について、晶山嵐が残念がっている
晶山嵐
要らないんだよ。その資料。

 

 

だから私は、よくブログでも書いてる。

『探す』のではなく『見付ける(発見する)』のだと。

 

『資料を探す』ことを目的にしているから

『探す』ことが『達成』になるので

『たくさん探している』ことで『達成感』がどんどんあがる。

あ、これも必要。あれも必要。

そうやって『必要なの見付けた!』と「思う」たび

『達成感』がバク上がりして

脳内麻薬のエンドルフィンがドバドバ出る。

だから、『SNS中毒』が出るんですね。

 

 

『知らない情報は良い情報』と勘違いしていると

検索するたびに脳内麻薬が出て

『私こんなに知ってる凄い!』ってなる。

 

 

他の人こんなこと知らないよね、という

『優越感』にも浸れる。

 

でも、結局『ネットにあること』って

『公開されてる』から秘匿情報ではないので

見付けたからってそんな凄いことでもない。

 

でも『自分が見付けた』から『楽しい』。

 

その『「楽しい」という感覚を「楽しむ」』ために

『資料集めをしている』という『自覚』が必要なんだ。

自分は『達成感』を欲しがっている。
そういうこと。
『小説を書くこと』で『達成感』がないから
『すぐに達成できること』に『逃げてる』んだよ。

そういう『代替行為のための「資料集め」』だから

『読む必要がない』んだ。

 

 

10万文字の小説となったら、一日では仕上がらない。

慣れてない人にとったら一年ぐらいかかるかもしれない。

 

会社だと、あれやってこれやってって
上意下達で『することを与えられる』けど
アマチュアが『小説を書く』ということは
『フリーランス』なんだ。

 

一年かかって達成するような『プロジェクト』

なるかもしれない

『小説を書く』という『作業』。

 

そんな『巨大プロジェクト』なんて

『フリーランスで実行すること』を

普通の人は耐えられない。

 

『一年かかって達成』すようなプロジェクトを

日常生活で、

あなたはしたことがありますか?

 

殆どの人がないよね?

 

ダイエットにしたって『今月で二キロ痩せたい』とか

『短期』のことしか考えてない人が多い。

 

一年で2キロ落とせば、10年後には20キロ落ちている。

そんなスパンでダイエットを考える人は少数なんだ。

 

ただ、落胆しないでほしい。

『長期目標』は難しいものだから。

 

 

でも、それを自覚しない。

だから、

『小説を書く』ことが『長期目標』だと『自覚しない』。

自覚しないから『すぐにできる』と思って

『できない』から焦る。

 

焦って『できない理由』を探して

『資料が足りないんだ!』と思って資料探しをする。

そういう『資料』って小説に不要だよね。

 

 

これが『覚悟なく小説を書き始めた』ための弊害。

 

 

フリーランスというのは

『実行すること』を『自分で決める』必要がある。

 

 

だから『小説を書く』ことを『決めない』から

『小説が書けない』人が続出するんだ。

 

『小説を書けない病』アルアル。
  • ちょっと本文を書いては誤字修正。
  • 一行目が気に入らないといって、一行も書かない。
  • プロットを書いたら進むと言われたから試してみたけど、プロットすら一行目が書けない。
  • 『小説を書くため』という『おためごかし』で『資料集め』をする。 ← new!

 

だから、

『その資料を読む気がない』という現象が発生する。

 

 

でも『集めたんだから読まなきゃ!』という

『強迫観念』や『間違った固定観念』にとらわれて

『集めた資料を読まなきゃ小説が書けない』という

マイナスの自己暗示をかけてしまう。

 

 

リアルの『書籍』というのは『厚さ』や『置き場所』が

発生するので

『リアルに圧迫感』がある。

 

『読んでいない本』というのは

見るたびに

『早く読めよ! なんで読まないんだよ。

 せっかく金を出して買ったのにバカかお前は!

 グズ! のろま!

 ゲームなんてせずに俺を読め!! バカ!』

そういう、罪悪感と脅迫と罵倒を『勝手に受けてしまう』んだ。

 

 

『資料を集める』ために『検索』した時点で

『検索マインドを満足させる』という

『達成』を得ているから

『集めた資料』はその副産物であって

読む価値はないんだよ。

 

 

『読む価値がない』と『本能で理解してる』から

『あなたの本能』は『読まない』という『選択』をとっている。

 

なのに『あなたの理性』は

『集めたんだから読めよ!』と脅迫してくるから

つらくなる。

 

 

それだけの話なんだよ。

 

だいたいにおいて『理性』が邪魔をしている。

 

 

ダイエットしてる~って言うのに

スイーツをバカバカ食べてしまうのと一緒。

 

『本気で痩せたい』なんて『思ってない』んだよね。

『思っていた』としても『食欲に負けている』んだよ。

 

 

いっそのこと、好きなだけ食べて

早死にすればいい。

 

好きなものを我慢して我慢して長生きする必要ってある?

 

 

『資料集め』のために

『小説を書く』ことを『あとまわし』にしている時点で

『小説を書きたくない』んだから

小説を書かなきゃいい。

 

 

『資料集め』であれこれ集めてしまうのは、

  • 『本気で小説を書く気がない』か
  • 『書きたいけど、他のことが優先されている』か
このどちらかなんだ。
だよね?
『小説を書く』ことより
  • ゲームをしたり
  • 友人と飲みに行ったりする方を『選んでる』よね?
『集めた資料を読む』より
  • ご飯のあとに一服することや
  • 朝、半時間ぐらいうとうとすることを『選んでる』よね?

 

それらを『しちゃだめ』と『言っているわけではない』んだよ。

あなたにとって

『資料を読む』『小説を書く』より

『大事なことがある』ということを理解しよう。

そういうことなんだ。

 

 

『小説を書くために時間をとれない』のなら

それは『あなたのしたいことではない』んだよ。

 

『小説を書きたい』なら『小説は書けている』んだから。

 

私は、満員電車の中で立ったまま、手にノートの切れ端と

ボールペンをもってでも書いたよ。

 

朝、七時半に学校に登校して

誰も居ないところで書いたよ。

 

散歩しながら、スマホに音声入力したっていいんだよ。

学校で休み時間にトイレに閉じこもって書いてもいいんだよ。

 

他人の目とかどうだっていいんだよ。

だって

『書きたい』んだから。

 

『書きたい』なら『何を賭しても書く』んだ。

『したいこと』ってそういうことなんだよ。

 

ソシャゲなら、そんな感じでやるでしょ?

  • 満員電車で立ったままでもソシャゲやるでしょ?
  • 食べながらでもやるでしょ?

 

『小説を本当に書きたい』なら、そんな感じで『書けてる』んだよ。

 

実際に、『必要な資料を見付けた』のなら

「これであの部分が書ける!」となるから

資料の続きを読むより先に、小説を書いてる。

 

だって『「小説を書くため」に資料を探してた』んだから

『小説を書くための資料』が『見つかった』のなら

『小説を書く』んだよ。

 

 

凄く簡単なことだよね。

『必要な資料』なら、『すぐに小説を書きたくなる』。
『必要ではない資料』だから『読む気にならない』。

それだけの話なんだよ。

 

 

何回も書くけど

  • 『資料探し』が悪い、とか
  • 『本を読まない』ことが悪い、とか

書いてないからね!

そういう理由で資料探しをした結果の資料は不要。
だから『読む必要がない』ので
『読まなきゃ小説が書けない』という
『マイナスの自己暗示』をやめよう、って話だよ。

 

 

『資料を見付ける』ではなく

『資料を探す』というのは

『「探すこと」に意味がある』行為なんだから

『探した』時点で『目的は達成』されている。

 

だから、『それ』で集めた資料は、読む必要がない。

 

 

 

もう一つの問題。

 

ネット検索だけではなく

『資料として本を「買って」しまう』場合。

 

『読む時間がとれない』のに『本を買ってしまう』のは

『着ない服を買う』のと一緒。

『衝動買い』をすることで『満足』しているから。

 

 

男性がよく、

女子の『服などの衝動買い』をバカにすることがあると思う。

 

 

男性も『積ん読』にお金を使っていないかい?

そういう話なんだよね。

 

 

あの本買った、この本買った、ってツイートしてるけど

読んだ? ってこと。

 

読んだとして、ハウツー本の場合、

実行した? ってこと。

 

実行したとして

『身になった』のかどうかの検証をした? ってこと。

 

 

『英語の本を何十冊も買ってしまう』のは

『読んだ』けど『身についていない』から

『次の本を買ってしまう』んだよね。

 

それって『着ない服を買う』のと同じ原理なんだよ。

 

読んでも実行しないハウツー本は読む意味がない。

実行しないハウツーは、買う意味がない。

 

そういうことに気付かないから、積ん読になってしまう。

 

 

『本を買った』ことで

その内容が頭にインストールされると錯覚してしまう。

「これでこの本の知識は俺のもの」と『思える』ことが『楽しい』。

そういう『娯楽』なんだ。

 

『娯楽が悪い』と言っているのではないよ。

『娯楽だと割り切る』ことが大事なんだ。

 

 

娯楽のために『書籍を購入した』のなら

それを『読む必要がない』のはわかるよね?

 

資本主義の世の中になって、

『購入する(お金を使う)』ことで幸福感を得ることができるんだ。

 

そのために『購入したもの』は『モノに価値』がないんだよ。

『購入した』その『行為』に価値があるんだ。

『お金を払いたい』から『買い物をする』んだよ。

 

『「買い物できる」ことが楽しいこと』だと

広告とかで思考操作されているから。

 

そのために『購入した書籍』も、『読む必要はない』んだ。

 

だって『ポチした時点』で『満足した』んだから。

 

 

『資料を読めない』のと

『衝動買いした本を読めない』を

同列に置いてはいけない、ということ。

 

 

『着ない服を買わない』のと同じで

『読む時間がないとわかっているなら買わない』のも大事なんだ。

 

『買い物』って『楽しい』んだよ。

『お金を使うこと』って『楽しいこと』なんだよ。

 

そういうふうに現代人は『刷り込まれている』から。

 

『買えることが楽しい!』

そういうふうに、教育されてるんだ。

 

 

だから『買い物をしたい』がために『給料がほしい』から

好きでもない会社で働くから

苦しい。

 

『買い物をしたい』とさえおもわなければ

そんなにお金はいらないから

自給自足しながら、必要な分だけ買って生きればいい。

そういう人たちがミニマリストとして市民権を得だしたよね。

 

 

『資料のために本を買う』というのは

『購入欲求が満たされる』行為でも有るんだ。

 

『お金を使うことが楽しい』ための『買い物』は

当然『読む必要がない』よね。

 

 

でも、あなたがナニカを買うことで

『経済は動いている』ので、

日本経済にとっては良いことではあるんだよ。

 

衝動買いをする人が資本主義の経済をまわしているのだから。

 

いつも、衝動買いしているあなた

経済をまわしてくれてありがとう。

 

 

話を戻そう。

 

『資料集め』をしてしまうもう一つの問題。

『ネタ』が決まっていないから。

『小説を書くネタがない』。
『小説の続きを「物理的に」書けない』から
それでも『小説を書く』ことをしたいがために
『小説を書く、ことの「派生作業」』である『修正』を
先にしてしまっている。

修正をしている間は新規文章は書けないから
小説が進まない。

『小説を書けない理由』に、これがとても多い。

 

資料集めも一緒。

 

『小説が進まないのは資料が足りないからだ』

そう、勘違いしているから

次から次に資料を積み上げてしまう。

 

 

先程書いたように

本当に『資料不足で小説が進まない』のなら

『目当ての資料』を『見付けた』のなら

即座に『小説を書く作業』に『戻る』んだよ。

 

 

『戻らない』時点で

『その資料集め』は『娯楽』なんだ。

 

 

娯楽をしてはいけないと言っているのではないんだよ。

娯楽は必要だから。

 

でも『小説のタメではない』んだから

『これを読まなきゃいけない』という

強迫観念が不要だよね、という話をしている。

 

小説のあとがきにある『参考文献』の意味。

小説の最後に『参考文献』とか

ずらっっっっと書いてあることがある。

 

ああいうのを見るから

『小説を書くには資料が必要!』と思うのだろうと思う。

『小説のあとがきにある参考文献』は
『この小説を書くために集めた資料』ではない

『作家の人生で読んできた本』から
インスピレーションを得て
小説を書いて、
ピンポイントで数字とかを参考にするため
改めて読みかえした。

あとがきを書くときに、
『多分この本が参考になったよな』
そういうのを一覧した。
そういうものなんだよ。
この小説を書くために、
この100冊の本を読破するぞ!
そういう書籍一覧ではないんだ。

 

 

『絵を描く』というのは

『動画で作業行程を残す』ことが可能。

 

でも、小説はそういうことをほぼできない。

 

10万文字の小説をただ打鍵している映像って

そんな価値がないとみんな思ってるから

作家がそう言うことをしない。

 

 

資料集めにしたって

『小説を書いている動画』を撮影していたとしても、

資料を探しにいったら、

カメラは止めてるよね?

 

だから、資料を見付けた瞬間

『小説を書くために戻ってる』とか

『作業行程』として『残らない』わけ。

 

作家も無意識にそういうことをしているから

『小説を書くための工程』として

『資料を見付けたから小説を書く作業に戻った』

そんなことをわざわざ言わない。記憶してもいない。

 

 

だから、『商業誌のあとがき』とかを読んで

 

こんな資料を全部この小説のために読んだんだ!
私も資料集め、がんばらなきゃ!

そう、勘違いしてしまう。

 

資料はすでに『あなたの中にある』んだよ。
あなたの人生で体験したこと全部が
『小説の資料』なんだ。

 

『まだ読んでいない資料』から

小説のネタはできないでしょ?

だって、その資料の内容を知らないんだから。

 

 

『今、思いついている小説』の『信憑性を高める』ために

資料を集めたんでしょう?

 

 

それなら『小説を書いてから』

『穴埋め』に参考にするだけでいいんだから

資料全部を『熟読する必要』はないんだよ。

 

 

『あとで手に入らないかもしれない』

だから、今、買って、手元に置いておきたい。

それは『所有欲』だから、

また、『小説の資料』とか『購入欲』とは『別の意味』をもってくる。

  • 物欲のための資料の購入。
  • 小説を書くための資料探し。
これは『別件』だからね。

それがわかっても資料を探してしまう理由。

  • 一行目から書く必要はない。
    • 小説はどこから書いても良い。
  • 先に全部書く。
    • そののち、修正をする

こういうことを口を酸っぱくして記事にしているけれど

それを読んだとしても

先に修正しちゃうけどねw

そういう人はいるわけ。

 

そういう人は、『それが悪い』と思っていない。

掃除を何気なくやっていると

掃除機をかけたあとではたきをかけることがある。

『小説を書きながら修正する』というのは
それぐらい『無駄なこと』だと自覚していない。
それだけの話。
人生全部に対して、そういう無駄なことを
多々しているんだろうと思う。
「いいテレビないなー」といいながら
番組一覧を見て、『ナニカのチャンネル』を見ているとか。
無駄なことだと気付いてやめよう。
『いいテレビはない』って自分で言ってるんだから。
『良い情報はテレビからは得られない』とあきらめることが必要。
良い情報がほしいなら、テレビ以外から見つけないといけないんだ。
『この番組が面白い!』と思わない限り
テレビは見なくていいんだよ。
好きで見ているテレビも
見なくてイイって言ってるわけじゃないからね!
『いいテレビないなー』とつぶやきながら
ディーガで番組一覧を見てるとか、無駄なんだよ。
私も
『見たいテレビ番組がないなー』っていいながら
『一日に数時間』『テレビを観る時間を作っていた』んだ。
『ないなー』って言ってるなら探さなくていいやん?
探検家が、
『ここは何の遺跡も無いだろうけど歩いてみようか?』ってする?
しないよね。
せめて『ナニカ遺跡の片鱗が出たところを探す』よね?
『いいテレビないなー』ってイイながら
テレビ番組一覧を見てるってのはそう言うことなんだよ。
私なんか、インターネットが無い時代からテレビを見てるから
『テレビが娯楽の伝導』で
『テレビは面白いもの』というのが『刷り込まれてる』のね。
『何もしたくないとき』って『テレビを見てしまう』んだよ。
だからこそ、ゲームに夢中になったら
恒例で見ているテレビ番組がおわったら
そっこうで自分の部屋に帰ってゲームをしている。
でも、スマホゲームが目に悪いし、近眼が進んじゃったから
したくないから、スマホゲームはアンインストールした。
けど、読書するほど体力も気力もないし
散歩行きたくないし、暑いしだるいし……
今、目の前で、このテレビが面白いことをしてくれればいいのに……
そんな思考でテレビ番組一覧を見てるって無駄だよね?
私は、ディーガを買ってから、この無駄時間をずっと毎日してたw
最近ようやく
小説の書き方について、晶山嵐が残念がっている
晶山嵐
『見たい番組がない』ならテレビ消してパソコンつかえよ。
そう、切り替えがついたんだ。
『テレビが面白い』の『伝導』は強かったね!!
数十年分の催眠暗示だもんね。
『娯楽をやめる』のに『努力が必要』なんだよ。
だって、楽しいんだから。
喫煙者は『煙草がどんなに体に悪いか』なんて『知ってる』んだよ。
でも、すっちゃう。
だって『おいしい』から。
ダイエッターは『ケーキがどんなにダイエットに悪いか』なんて
『知ってる』。
でも食べちゃう。
小説家もおなじなんだよ。
『この資料、小説では必要ない』と『気付いてる』けど
『探しちゃう』んだ。
だって『「探す」のが楽しい』から。
そういう意味で『探した資料』は『読む必要がない』んだよ。

まとめ。

『読めない』資料は『読まなくて良い』から

『読む時間を割く気になれない』。

お分かりいただけたでしょうか?

 

『要らない』ってわかっているのです。

 

『小説を書くために資料が必要』だと思う

その先入観を捨てましょう。

 

 

『書けない自分』を責めない。

『書けない』のは『タイミングが悪い』だけの話。

資料が揃ったって、書けないのは書けない。

 

 

『小説を書けない』と思って悩む自分を許そう。
『せっかく集めた資料が読めない!』と焦る自分を許そう。

 

それらをあなたがしないことで、

誰も困ってないよ。

 

責めているのはあなただけだから。

あなたが許せば、あなたは楽になるんだよ。

 

『集めた資料』を読まなくても、まったく問題ない。

それを理解して、気楽になろう!

 

楽しい気分で小説を書いていきましょうね!

 

【この記事を書いた日 2022/06/24 11:52 】

【この記事を追記した日 2022/10/05 12:16 】

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